8月15日はなんの日ですか?終戦記念日ですが違うらしい。
混んでしまうし朝早く参拝した方が良いと思って 行きました。少なかったけれど朝7時50分九段下駅に着いていた九段下駅通りにもうチラシ配りをやっていた。靖国神社へ参拝しなきゃと思って朝8時に着いた。拝殿に空いていたのでゆっくり参拝していた。しばらく街右翼の方が来て撮りました朱印帖を買って朱印をしてもらいたく事実は京都平安神宮に御朱印を頂けた御朱印帳が持っていたやはり個人昇殿参拝したいと思っていたがコミュニティー団体昇殿参拝する予約があったのでやめた…九段下駅へ戻って在日特権を許さない市民の会に知り合いがいた挨拶をして団扇とチラシを配りながら知り合いがいてチラシを配ろうと言われた。暑さでフラフラしちゃって人々がいっぱいでなかなか受け取れず役立たなくて任せて…第一鳥居下に日陰で休んでいた。遊就館へ向かって茶房で食べて美味しかった。黙祷したのは遊就館展示室の中でした。すごく混んでいて見られなかった。空いていたら見に行くね。参集殿へ行って靖國神社コミュニティー仲間を集まっていた。昇殿参拝したのは月1回連続です自由行動になり…反天連デモへ行ったりチラシを配ったり。帰りに来年度靖国神社カレンダーを買いました。子供頃から亡祖母の家に靖国神社カレンダーを飾っていたので
欲しいなぁと思った。
8月15日終戦記念日として東京都にある靖国神社
へ行こうと思って行きました。2回目でした。母の祖父は戦死になっておりますが靖国神社へ行ってお参りしなきゃと思っていました。当時はね。
靖国神社の起源は明治2年(1869)6月29日に建てられた東京招魂社に遡りますが、当時の日本は、近代的統一国家として大きく生まれ変わろうとする歴史的大変革(明治維新)の過程にありました。それ以前、日本は徳川幕府の政権下にあり、約250年にわたって鎖国政策をとり海外との交流を厳しく制限していました。ところが、アメリカや西欧諸国のアジア進出に伴って日本に対する開国要求が強まると、開国派と鎖国派の対立が激化し、日本の国内は大きな混乱に陥ります。そうした危機的状況を乗り切る力を失った徳川幕府は、ついに政権を天皇に返上し、日本は新たに天皇を中心とする近代的な国づくりに向けて歩み出すこととなったのです。
しかし、そうした大変革は、一方において国内に避けることのできない不幸な戦い(戊辰戦争)を生み、近代国家建設のために尽力した多くの同士の尊い命が失われる結果となりました。そこで明治天皇は明治2年6月、国家のために一命を捧げられたこれらの人々の名を後世に伝え、その御霊を慰めるために、東京九段のこの地に「招魂社」を創建したのです。この招魂社が今日の靖国神社の前身で、明治12年(1879)6月4日には社号が「靖国神社」と改められ別格官幣社に列せられました。
遅れて行ったら凄く人が並んで混んでいました。
暑かったので大変だった。今度は朝早く行こうと思っていました。
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